今回は、知り合いに紹介してもらった小説、辻村深月(つじむら みづき)さんの
『傲慢と善良』(ごうまんとぜんりょう)

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について紹介します。
この本は、恋愛や結婚、現代社会の価値観を鋭く描いた恋愛ミステリーというジャンル作品として多くの読者に支持されています。
私は恋愛ミステリーというジャンルは読んだことがありませんでした。
読みはじめたときは、婚約者の突然の失踪――という展開に「事件性があるのかも?」と想像していました。けれど、読み進めていくうちに少しずつ見えてきたのは、これは何かの“事件”ではなくて、心の中の問題なのだということ。
失踪の理由は、暴力でもトラブルでもない。
誰もが持っている「本音と建前」や「愛されたい気持ち」が、静かに、でも確かに引き起こしたことなのかもしれない。
そんなふうに、少しずつ考え方が変わっていきました。
あらすじ
主人公は、婚活を続ける女性・坂庭真実(さかにわ まみ)と、彼女の婚約者である西澤架(にしざわ かける)。ある日突然、真実が失踪し、架は彼女の行方を追いながら、彼女が抱えていた「本音」や「善良さ」の裏に潜むものに気づいていきます。
物語は、結婚や恋愛、家族、社会における「善良」であることの難しさや、無意識の「傲慢さ」について深く掘り下げていきます。
「傲慢」と「善良」は、どこか似ている?
読めば読むほど、思ったことがあります。
「善良であろうとすること」が、ときに他人を傷つける傲慢さに変わることもあるんだな。
「善良でありたい」、「間違っていないと思いたい」。
それは本当に相手を思っての行動なのだろうか。
それとも「そういう自分でいたい」だけの自愛なのだろうか。
この物語は、そんな自分の内面に静かに問いを投げかけてきました。
自己評価は低いくせに、自己愛が高いこと
この状態は、ある意味で「自分が自分であること」に強く確信を持っている状態。でもそれが――
- 健やかな形だと、「自分も大切、他人も大切」という共存的な態度になる。
- 歪んだ形だと、「自分が一番大事」「自分が正しい」と他者を抑え込みやすくなる。
つまり、「善良でありたい自己」と「自分を肯定する強さ(あるいは欲)」が拮抗している状態が、本の中の人物たちの根底に流れていたんだと思います。
誰にも知られたくなかった正直な気持ちが描写されていて、この著者の特徴がとても表れていました。
また、この本のレビューを見ても同じように「まさに自分のことだ」と感じた読者が多く、とても多くの人に共感があった小説であることがわかりました。
自分だけでなくてよかったです。。。
善良と傲慢の“入れ替わり”
私がいちばん印象的だったのは、物語の前半と後半で「善良さ」と「傲慢さ」が入れ替わることでした。
前半では真実が善良で、架がどこか傲慢に見えました。
けれど後半では、真実の中にある傲慢さが漏れ、逆に架の方にやわらかく受け入れるような善良さが感じられました。
この逆転に気づいたとき、私はこの物語を「恋愛ミステリー」ではなく、
二人が“人として向き合い、成長していくラブストーリー”であるとして読み直しました。
これは、めちゃくちゃ大恋愛小説だった
最後に語られる「大恋愛だね」という一言が、すべてを優しく包み込みます。
事件のように始まったこの物語は、実は深く、静かな恋愛小説でした。
自分の内面を見つめる時間をくれるような、そんな一冊だったと思います。
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